故・小川眞 元大阪工業大学客員教授・JBA名誉会長
「炭が地球温暖化対策に役立つ」というと「ホントか」という人が多い。かなり批判的な人は「なぜ、炭なのか」と尋ね、ある人は「炭焼きは二酸化炭素の排出源では」といい「炭焼きは森林破壊では」ともいう。
炭を土に埋める意義を理解している人でも「なぜ、植物の成長に効くのか」と尋ね「土の中で炭はどれぐらいもつのか」と聞き、「そんなに炭をやって、大丈夫か」という。また「炭が二酸化炭素を吸収するのか」と思っている人も多い。
「採算がとれないが」という人や「炭は何にでも効く」という人もいる。それらの問いかけに答えて、炭を地球温暖化対策として役立てるために、我々は「どう答え、何をなすべきか」、この際改めて考えてみよう。ここにあげる事柄は検討を要すべき研究課題でもある。
「なぜ、炭なのか」
神から火を盗んだギリシャ神話のプロメテウスの話にもあるように、人類の文明は火とともに始まりました。焚き火に土をかけておくと火が残り、自然に炭ができます。炭は火持ちがよく火種を運ぶのに便利な熱源でした。今もアフリカのブッシュマンがやっているように、縄文土器やインカの土器にも火種を運んだ火皿があります。
青銅器から鉄器文明へと移るにつれて、炭が金属の精錬に使われるようになり、鉱石の三倍の木炭が使われたと言われます。鋼鉄の武器は戦争を助長し、征服欲をあおることになってしまいました。日本ではたたら製鉄にマツ炭が使われて質の高い日本刀が生産され、武士の時代が始まりました。文明をはぐくんだ炭は、一方で武器を作るために使われ、森林破壊を促すことにもなったのです。
現在でも、皮肉なことに日本や韓国、中国など、東アジア諸国では、化石燃料の使用が進んだおかげで、山野に緑が戻り始めています。もし、将来化石燃料が枯渇すれば、再び燃料を薪炭に頼ることになり、たちまち世界中にはげ山が広がることでしょう。
化石燃料はすべて生物の遺体であり、現存する生物の祖先でもあります。石炭はデボン紀に現れた陸上植物が石炭紀から第三紀にいたる三億年の間に地下に埋もれて炭化したもので、純然たる植物遺体です。石油や天然ガスは微生物や動植物の遺体が海底に溜まったヘドロからできたもので、これも過去の生物の遺体です。
地球は植物が光合成でためた炭素や他の生物が蓄えた炭素をそのまま地中に埋め込むことによって、大気組成を調節し、二酸化炭素の分圧を下げて酸素分圧を上げ、多様な生物を繁栄させてきました。我々人類は、その生物遺体をわずか300年で使い切ろうとしているのです。今炭を埋めようとしている行為は、過去に地球がしたことを真似ているだけで、しごく単純な発想にすぎず、決して奇異な話ではありません。
生物由来の資源を燃料として燃やすことは、再生可能エネルギーとして広く認められているので、製造した炭を燃料にしたり、発生する一酸化炭素や水素などのガスを燃料に使ったりしても問題にはなりません。ただし、炭化に伴って発生する熱量はできるだけ有効利用されるべきと考えられます。
炭化すれば、当然二酸化炭素や一酸化炭素が発生しますが、炭化方法によっては炭として炭素をかなり残すことができます。実際、炭化炉の型式や炭化条件、とくに温度と時間、さらに原材料の質などによって、放出される炭素の量と残存する炭素の量が変化しますので、環境のために生産する場合は、可能な限り炭素を残す技術を開発する必要があります。
場合によっては、炭化工程から新たな環境負荷が生じる恐れがありますので、二酸化炭素以外に排出されるガスについても、材料別に検討しておくことが必要です。当然、ダイオキシンや窒素酸化物、硫黄酸化物などの有害物質の排出を極力抑えなければならないので、材料の選択が重要になります。ことに農業用や水処理用に用いる場合は注意を要します。
森林の立木を材料とした炭化を奨励すれば、当然森林破壊につながります。したがって、環境対策を目的とする場合は、可能な限り有害物発生の恐れがない材料が用いられるべきです。国内的にはモミガラなどの農産廃棄物や食品廃棄物、家畜糞尿、廃材や枯死材、間伐材、未利用材などが対象となるでしょう。すでに下水汚泥やゴミなどは炭化後、燃料として利用され始めています。
炭をめぐる事情は国によって大きく異なります。発展途上国には余剰資源のないところが多いので、炭化を奨励しても、実行できない場合や森林破壊につながる例があるのです。したがって、燃料炭を目的とする場合は、必ず薪炭林の造成方法を教えるなど、きめ細かな対応が必要です。農業用に用いる場合は、農林業の廃物利用に限るのが望ましいでしょう。
林産物だけでなく、農産廃棄物を材料とする場合も、集荷に化石燃料を大量消費したのでは、効果が半減しますので、地廃地消を実践するべきと考えます。フードマイレージの考えを取り入れて、事業化にあたってはアセスメントを実施するのが望ましいでしょう。また、その制度化についても検討する必要があります。
炭化物が土壌改良資材として公認された理由は、炭を施用すると、酸性土壌の中和や透水性の向上などが見られるので、理化学性の改善に役立つからという点でした。炭は多孔質体で表面積が広く、保水性が高く、かつ容気量も大きいので、土壌に入れると、植物の根が寄って来るのです。さらに肥料をしみこませると、保肥力も大きいために、寄って来た植物の根が効率よく栄養を吸収することができるようになります。炭、特に材を炭化した木炭にはほとんど養分がありませんので、少量加えると、効果が大きく現れます。一方、樹皮、殊に広葉樹の樹皮にはミネラルが含まれていますので、材の炭よりも効果が大きくなります。
よく炭は微生物を繁殖させ、活性を高めるといわれていますが、これは正確ではありません。炭が植物の成長促進に効果があるのは、大部分微生物、中でも根に共生する根粒菌や菌根菌などの共生微生物の働きによっています。
炭は高温で焼かれていますので、腐生性微生物のえさとなる有機物を一切含んでいません。したがって、細菌やカビなどが表面についても繁殖できませんので、土壌中の有機物が混入してこない間は、ほぼ無菌状態です。また空気と水が多いので、好気性微生物が増殖しやすい環境になっています。
通常炭はアルカリ性が強いので、カビやキノコの繁殖には適さず、アルカリに耐えるものだけが増殖します。一方、細菌や放線菌はアルカリに強いので、炭の中で増殖しますが、増殖できるのは植物の根に共生するものか、空中窒素固定菌のような独立栄養細菌だけです。したがって、熱帯では窒素固定菌が多いので、焼き畑の場合でも作物がよく育つのです。
では、なぜ、そうなるのでしょう。考えてみれば、植物が死ぬと、やがて腐るか燃えるかのいずれかの道を辿ります。そして次世代の植物は、この親の遺体の上で育つことになります。はじめ水辺で育った陸上植物は、次第に乾燥した鉱物質の土壌へと広がっていきました。乾燥が著しいと、遺体は腐るよりも燃えることになりますから、消し炭ができやすくなります。原始的な植物から現生の植物まで共生しているA菌根菌は水生や水辺植物にはつかず、胞子はある程度乾燥耐性を持っています。
キノコと外生菌根を作る樹木もマツ科植物のように乾燥地や亜高山帯、極地など、環境条件の厳しいところに育つものが多く見られます。おそらく、焼け跡にできた炭は植物と微生物のランデブーに好都合な場所になったのでしょう。今までのところ、植物につく共生微生物は例外なく炭好きなものばかりです。
ただし、日本の農業土壌では期待したほどの効果が上がらないのも事実です。炭の効果が最もよく現れるのは、乾燥地の酸性土壌で養分レベルが低く、粘土質の痩せた土か、保水性の低い砂土なのです。管理の行き届いた、物理性の良い肥沃な土壌では、収量から見て炭の効果は肥料の効果に上乗せされません。
したがって、海外の大規模粗放農業と違って、集約農業が主流となっているアジア諸国では、石灰を含めて化学肥料の削減効果を強調するべきだという話になります。将来、リン酸肥料の欠乏が危惧されますので、有機栽培への転換を図り、環境対策と並行させるのが望ましいと言えるでしょう。
日本の森林や熱帯雨林、ユーカリ林など、自然土壌の中に過去の火災によってできた炭が大量に含まれている例は多く見られます。古代遺跡や住居跡など、考古学の対象になっている場所で、炭化した物体が年代測定された例も多くあります。また実験的にも炭素が長期間変性せず、保存されることが確かめられています。
ただし、農地では使い続けても残留しないことから、ある程度時間がたつと、風化もしくは変性し、消滅している可能性があります。とくに粉末状の炭を農地に施用し、耕した場合どうなるのか十分把握されていないので、この点についても早急に測定する必要があります。
一方、植林や樹勢回復に用いる場合は、塊または層状にして地中に埋めますが、この場合は人手による攪拌がないので、安定性は高いと思われます。
なお、材料の種類や炭化条件を考慮して、実験的に炭素の安定性を検討した例はまだほとんどありません。炭素の安定性に関わる外的条件としては、熱や水分の変化、紫外線、酸、アルカリ、オゾン、微生物などによる作用、物理的破砕、これらの複合などが考えられますが、それらについて時間的ファクターを入れて実験を重ねる必要があります。
炭化物の安定性が炭素乖離を認めさせるためのキーポイントとなるため、早急に既存の資料を集め、実験を行って科学的に認められるデータを集積する必要があります。これは世界に先駆けて、とくに木炭について行うべきです。
アジアにはモミガラくん炭や木灰、炭を加えた堆肥などを農業に用いてきた永い歴史があります。使い続けても害がないため、これまでに問題が生じた例はほとんどありません。現在も大量の炭が農業や植林に使われていますが、害が出たという報告はありません。
ただし、高温で焼かれた強アルカリ性の炭や灰分が多いものでは、植物の種類によって根にアルカリ障害が出ることがあります。また、未炭化物が多い場合には、揮発成分が残っているため、害が出やすくなります。ちなみに、多孔質体の炭を土壌に投入すると、一時的に細菌を主とした土壌微生物の活動が盛んになり、二酸化炭素が放出されるますで、この点についても、確認実験を行っておく必要があります。
炭は肥料ではありません。したがって、大量に与えれば効果も大きくなると期待しないほうがいいでしょう。また、微生物を介した効果が主なので、連年施用する必要のない場合もあります。大量に与えると、少なくとも、その効果は三年間持続します。
活性炭が開発される前は、木炭がろ過材や吸着剤として使われていました。活性炭は炭を賦活化して機能を向上させたもので、その性質は基本的に炭に類似しています。自動車の排気ガスにふくまれる硫黄酸化物や窒素酸化物を吸収するために、活性炭が東ドイツで排気筒にセットされていたこともあります。
木炭が二酸化炭素やメタンを吸着する力はさほど大きくないということですが、大気汚染物質、特に酸性物質を吸着できる可能性は高いです。炭を改質することによって、その機能を高めることができれば、さらに用途は広がるものと思われます。
というのは、長らく樹木の枯死現象を調査してきましたが、最近日本で拡大している衰弱によるマツ枯れやスギの衰退、ナラ類の集団枯死、サクラなどバラ科樹木の衰弱枯死などの背景には、土壌汚染があるように思えてならないのです。おそらく半世紀近く続いている大気汚染の影響が土壌や水にも及び、森林の窒素飽和現象や硫黄酸化物によるアルミの溶出を引き起こし、それによる菌根菌や根の傷害が大規模に進行し始めたように思われます。
そのため、容易に入手できる炭を用いて、汚染物質を吸着除去し、環境の悪化を食い止めるための実験を開始しなければなりません。同時に、二酸化炭素以外の温室効果ガスについて、炭の吸着効果を検定し、その性能を高めるための研究を行う必要があります。地球温暖化対策に資するためには、単に炭を封じこめるだけでなく、その機能を最大限に活用し、副次効果を引き出す研究開発が必要なのです。
「採算がとれるのか」
この会を立ち上げた大きな理由の一つは、事業として成り立たせるための方策を打ち出すことです。従来、炭をめぐる動きの中には社会科学的研究、もしくは政策学的検討が脱落していた恨みがあります。
近い将来の政策課題とするためには、既存の事業を参考にして、事業の仕組みと規模、組織、制度、人のネットワークなど、地域の実情に応じた複数のモデルケースをつくり、その可能性調査を積み重ねる必要があります。このためには、排出権取引を含む経営を念頭に置いた、新しいアイデアが必要です。旧来のものと価値観を異にする環境事業の在り方を世に問う成果が、この会から提案されることを期待します。
炭は万能薬ではありません。また、どんな炭でもよいというわけでもありません。炭は原材料の種類と炭化条件、加工の仕方によってその性質は千差万別です。逆に、材料と製造方法を変えれば、目的にかなったものを幅広く作ることができるとも言えます。
従来、各専門分野で基準作りが行われてきましたが、炭化物全体をカバーしたものはまだありません。炭化物利用の拡大を図るためには、用途を念頭に置いた基準作りが必須です。
炭化物の主な用途は、農業用、緑化、林業、畜産、コンポスト製造、水処理、排ガス処理、建築用調湿材などです。この用途に対応して、望ましい炭の性状が決まっており、その性状を出すのにふさわしい原材料と炭化方法が求められています。
要求される炭の性状は、植物を対象とした場合は作物や草種、樹種などによって、さらに細分されます。畜産などでは脱臭・脱水を目的としますが、コンポスト化した時の性状にも配慮する必要があります。工業的利用の場合には、性能に厳密さが求められますので、炭化物の材料や製造条件が安定していなければならないなど、検討を要する課題が多くなります。
これらの基準を分かりやすい形で公にすることも、この会の大きな目的のひとつであり、そのためには異分野の専門家の協力が必須です。また、よりよい成果が得られるよう、会員相互の連絡を密にして分科会を作り、データや情報を交換し、内容の向上を図っていただきたいと切望します。
以上、これまでの経験を踏まえて思いつく事項を列挙してみましたが、研究や調査を要することが多く、自らの反省も含めて、皆さんの積極的な取り組みに期待します。