バイオ炭(Biochar)とは
バイオ炭(Biochar)とは、生物資源を材料とした、生物の活性化および環境の改善に効果のある炭化物のことを指し、近年国際的に認められるようになりました。

狭い土地で大勢の人を養わざるを得なかったアジア諸国では、古来稲作を中心とした集約農業に依存し、あらゆるものをリサイクルして肥料とする技術が進歩しました。ほんの半世紀ほど前まで、し尿や家畜排泄物、落ち葉、青草、ゴミなどの廃棄物も肥料として余すところなく使われていました。もみがらくん炭や木灰などの炭化物も土壌改良資材として、また保肥材として貴重な農業資材だったのです。

しかし、これらの土と作物を同時に育てる伝統的な技術も、20世紀になって化学的業が普及するにつれて、徐々に忘れ去られていきました。さらに 20世紀後半には山林から得られていたエネルギー源の薪炭もすっかり化石燃料に変わり、日本の自然も大きくその姿を変え、森林の荒廃も進んでいます。

日本のバイオ炭研究とJBA設立の目的
農業の中で、もみがらくん炭の利用は炭化技術の改良とあいまって、民間技術として維持されましたが、その効果に関する研究は遅れていました。木炭の消費が急激に減少し、生産者が窮地に陥ったのを憂えた故岸本定吉、杉浦銀治両氏らによって、木炭・木酢液の 用途開発が唱道され始めたのは 1970 年代のことでした。

1980 年からは、両氏の依頼によって小川真氏らによる木炭の農業利用に関する研究が始まり、土壌に生息する複数の有用微生物が炭を介して植物根に共生し、その成長を促進するという事実が明らかとなりました。

その後、多くの研究者や企業家によって堆肥製造 や土壌改良に炭や木酢液を用いる技術が開発され、1986 年、炭化物が土壌改良資材として政令指定されることになりました。また、「木炭・木酢液の多用途利用開発に関する研究」 が林野庁によって取り上げられ、1993 年にはその報告書が刊行されるにいたりました。

有 機農業の普及に対応して、1990 年代には日本における炭の農業利用技術がほぼ完成の域に達し、農業関係の出版物を通じて、その普及が図られました。日本におけるバイオ炭はこのころから本格的になったといえます。

JBA設立の目的の一つは、日本を含むアジア諸国が共有する独自の農業技術を再評価し、広く農業生産や環境の修復・保全に役立てることにあります。

地球温暖化対策としてのバイオ炭
周知の通り、人類の生産活動から発生する温室効果ガス排出量は京都議定書を始め、度重なる申し合わせにもかかわらず増え続けています。国際的にも削減努力が叫ばれていますが、その効果は一向に上がらず、温暖化による気候変動は現実のものとなってきました。

温暖化の影響は海洋にも及び、異常気象による自然災害の頻度があがり、人口の増加につれて農業生産が危ぶまれ、世界中で森林の衰退や消失が進んでいます。食糧・エネルギーの確保と陸域と水域にわたる自然環境の変化が、これほど深刻になろうとは誰も予測できなかったことでした。

現在提案されている二酸化炭素の地中や海洋貯留なども、問題を残したまま、まだ実施段階に至らず、代替エネルギーの開発も遅れています。温室効果ガスの削減や将来排出されるものを不活性化するのは当然のことですが、これまでに排出された温室効果ガスだけでも現状のような混乱が起こっており、この傾向は今後ますます強まるものと予想されます。

化石燃料は言うまでもなく、地球が 3 億年以上の永きにわたって封じ込めてきた炭素 の塊です。それをわれわれ人類は300 年にも満たない間に使い尽くそうとしているのです。

大気中に過去の炭素が充満したらどうなるのでしょう。進化の過程を見ても、すでに大気中に排出された二酸化炭素を吸収できるのは、唯一陸域と水域に育つ緑色植物しかありません。

バイオ炭はこれらの植物の成長を助け、生産性を高めるだけでなく、地力を持続的に維持するのに役立ちます。同時に安全な農林業の廃棄物や廃木材、食品廃棄物などの有機物を大量に炭化し、農地や林地、公園緑地などに大量に施用または埋設することによって、安定度の高い炭素そのものを長期間土壌や水中に封じ込めることが可能になります。このアイデアは 1990 年以後日本で提唱され、実現性について研究されましたが、まだ試行の段階にとどまっています。

しかし、実際に日本の農業で使用されている植物質を 原料とした炭化物の量は少なくとも年間約 10 万トンに達していると思われ、その多くは 80 パーセントが炭素であることから、無意識のうちに 25 万トン以上の二酸化炭素を封じ込めていることになります。

この組織のもう一つの目的は農林業、畜産業、水産業だけでなく建築や土木にも炭化物を利用することによって、簡単な技術で、どこでも、誰もが長期的に地球温暖化の進行を食い止める活動に参加できるように図ることにあります。

世界に広げようバイオ炭
「農」は本来「医」と同じく、人の命を守るものであり、名利のために行うべきもの ではありません。そのため、1990 年代以降、私たち研究と実践に携わってきた者は、JICAなどを通じて、炭の農林業での利用技術や炭化技術を、諸外国にも伝えてきました。

その支援活動は有機農業の伝統が残る韓国や台湾、中国、東南アジア諸国、塩性土壌に悩むオーストラリア、ダイズ栽培のために土壌改良を必要とするブラジルなどにも広がりました。現地では多くの研究者や技術者たちがその効果やメカニズムを再確認し、普及活動を始めるほどになっています。

一方、ブラジル奥地のアマゾン川流域で、過去に原住民の繁栄を支えた「黒い土、テラプレタ」が民族学者たちによって発見され、2000 年代に入って、その謎が科学的に解明されるようになりました。高い農業生産力を支えていたのが炭、すなわちバイオ炭だったのです。この発見以後、欧米の研究者たちがその効果に驚き、本格的に炭化物の農業利用に取り組むことになりました。

私たちは、2004年6月にアメリカのジョージア大学で開かれた炭の農業利用の集会に招かれ、日本での農業利用に関する研究成果、とくにその実 例とメカニズムについて報告しました。また同年 9 月に開かれたパリの集会でも研究成果を報告し、農業での炭利用が地球温暖化対策として役立つことを訴えました。

このような準備段階を経て、国際的な研究集会を立ち上げようという相談がアメリカやオーストラリアなどを中心として活発になり、2007 年にはオーストラリアでInternational Agrichar Initiatives (IAI) の第 1 回集会が開かれ、2008 年にはイギリスで 第二回集会 International Biochar Initiatives (IBI)が開かれました。日本からも大勢参加し、我が国における先導的研究が高い評価を受けました。

バイオ炭に関する国際的な活動の高まりを受けて、先導的役割を果たしてきた私たちも活動を強化する必要に迫られています。研究だけでなく実践面での充実を図り、国内だけでなく、広く世界へ、特に農業生産が今後深刻な問題となる諸外国に対して、組織的な働きか けを始めることが重要と思われます。

そのためには早急に日本バイオ炭普及会(Japan Biochar Association)を立ち上げ、まずアジア諸国へ呼び掛けて Asian Biochar Initiativesを組織化する必要があります。なお、2009 年にはオーストラリアでアジア・パシフィック 地域の集会が開かれ、2010 年以降には日本での IBI 開催が求められています。

日本バイオ炭普及会 幹事一同